〒520-1213 滋賀県高島市安曇川町五番領271電話0740-32-3935 (eo光電話)携帯090-7889-7163木村勝則 税理士 ITコーディネーター 事務所お問い合わせは当事務所ドmail info@katsunori.jpにお気軽に問い合わせ下さい
 
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簿記三級講座

簿記講師百合枝19歳

無料公開中
木村勝則の独学簿記3級講座
 
このメールマガジンは「木村勝則の独学簿記3級講座 簿記講師百合枝19歳」という小説です。そこで登場する百合枝19歳がひょんなことから駅前にある簿記教室で簿記を社会人に教えることとなります。 地域の人々に助けられながら自分らしく、前向きに一生懸命生きる百合枝の姿を描きたいと思っています。 起業家を志す皆さんに勇気と元気を与え、簿記のすばらしさをご自身で体験していただきたいと思っています。

簿記講師百合枝19歳随筆中です。

 上記「木村勝則の独学簿記3級講座 簿記講師百合枝19歳」

メールマガジンを平成16年(2004年)から毎月、随筆しています。

木村勝則が、簿記をわかりやすく解説します。人生をかけて熱く語りかけます。

小説風にしていますので読みやすくしています。この機会に登録ください。

このメールマガジンは

「簿記講師百合枝19歳」という小説(フィクション)です。

登場人物や団体名称はすべて架空です。そこで登場する百合枝19歳

びわこ大学(仮名)1年生が

ひょんなことから駅前にある簿記教室で

簿記を社会人に教えることとなります。

地域の人々に助けられながら自分らしく、

前向きに一生懸命生きる百合枝の姿を描きたいと思っています。

また、百合枝と一緒に簿記のすばらしさをご自身で

体験していただきたいと思っています

メールマガジンの部数が増えるに従って、

百合枝は温かい人との出会いにより成長し

滋賀県の町並みも変化していきます。

(滋賀県はこれから十数年間、人口が増加する県です。)

メールマガジンを読まれる方は美しい琵琶湖のある

滋賀県の風景も想像しながらご覧下さい。

楽しみにしていてください。

できるならば、百合枝になったつもりで滋賀県に

観光にきていただければと思います。

諸事情で購読できない高校生・中学生・小学生諸君に下記で、

一部無料公開しています。

お勧めサイト。ぜひクリックして、お買い物を・・・・・




日本の明日を担う

高校生・中学生・小学生諸君は下記をご覧下さい。

(高校生・中学生・小学生諸君限定)

では、簿記講師百合枝の簿記3級講座が始まります。







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木村勝則の独学簿記三級講座「簿記講師百合枝19歳」 

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2004年に書いた簿記小説を振り返る。

クリスマスソングが流れている。

12月24日、23時55分 クリスマスイブ。

村木 春(仮名)31歳

大学を卒業後、専門学校講師をへて、

滋賀県彦根市で、

(彦根市は新幹線や高速道路がとおる

近畿・北陸・東海の交通の要衝である。

黒壁で有名な城下町、長浜も近くにある。)

念願の村木簿記教室を開く。

その簿記教室の窓の向こうには国宝彦根城が見える。

国宝彦根城にしんしんと雪が降る。

村木は眼を潤ませながら、ノートパソコンに右手だけで、一字一字丁寧に、

「黒板の前でチョーク ばさみ(講師がチョークをはさむための道具)

を握り締めながら、あんな前向きでがむしゃらで、

一生懸命、生きている人には一生会えないと・・・・・」

パソコンに入力していた。

31歳だというのに、

教室の傍らには大きな靴下を用意をしてあった。

そのまま、机にもたれて、寝てしまった。




村木は深い眠りにはいる。




「朝ですよ、起きてください、朝ですよ。」と

携帯電話が鳴る。便利な世の中になった。

携帯電話が目覚まし代わりだ。

百合枝は眠たい目を擦りながら、起きた。

昨日の試験合格発表のお祝いで、

びわこ大学(架空)のみんなと一緒に飲んでいたからだ。

この試験における合格では最年少だ。すごいことだ。

地元のびわこ新聞(架空)の地域版に写真入りで載っていた。

百合枝は4月2日に生まれた19歳でびわこ大学の1年生になっていた。

今は親元を離れ、びわこ大学の琵琶湖湖畔の木村寮にいる。

昔は男子寮であったが最近立て替えられ、

女子の入学者の増加で女子寮になった。

寮は綺麗で住み心地がよく、

あわせガラスのため、

夏は冷房がよく効き、冬は暖かい。

しかも、かなり家賃も安い。

百合枝が中学生1年のときだった。

百合枝の父は20年間勤めた会社を辞め、

自分で会社を起こした。

父の経営に対する思いは、なみなみならぬものであった。

父は家族のために朝も夜も働いた。

しかし、バブル崩壊後の日本経済は、

景気低迷のなか最初から苦労の連続だった。

父は歯をくいしばった。

毎日、がんばった。

母もパートに出て一生懸命働いていた。

百合枝は家族旅行も行けなかったが、

一生懸命がんばる両親が好きだった。

お金はなかったが、

父の背中にいろんなことを教えてもらった。

百合枝は幸せだった。

百合枝は父の言葉を思い出す。

「起業家はチャレンジや。」

「何もないところからあたらし息吹をおこさな〜あかん。」

「少しぐらい失敗しても、明日を信じるんや。」

「俺は活き生きと仕事してるで〜。百合枝。」

「みとけや。」

「百合枝、起業家は一生、チャレンジや。」

父の言葉が百合枝の心に残っていた。

そんな両親を見て育った百合枝は、

手に職をつけたくて

ちょうど英語検定の勉強をしていたときにアドバイスをもらった

高校の森元広 太郎先生に相談した。

森元広 太郎先生は大学時代に京都の大学で

アメリカンフットボールをしていて、

背も高く、がっしりしていた。

百合枝は他の先生と違って

歳の離れていない森元広 太郎先生に兄のような

気持ちで接していた。

森元広 太郎先生は、

百合枝の通う高校横に併設された

二階建ての職員寮に住んでいた。

山が校舎の後ろに立ち並ぶ、

のどかな風景がそこにはあった。

百合枝の通う高校の横には運動場に面して

二つの大きな池のある。

一つの池はゴルフ場打ちっぱなしに

あるぐらい大きな池だった。

森元広 太郎先生は、家庭的な事情等で

大学受験ができない学生を呼んでは、

廃材で机を作り、勉強を教えていた。

それを百合枝は知っていたので、

森元広 太郎先生を信頼していた。

高校の森元広 太郎先生から紹介してもらった

「木村勝則の独学簿記3級講座」

というメールマガジンを購読していた。

このメールマガジンを読み、独学で簿記を勉強していた。

このおかげで簿記のセンスを養っていった。

将来は父親のような起業家になりたいという思いからだ。

大学に入学後、百合枝はすぐに国家試験に合格できた。

いうまでもないが大学の授業のおかげでもある。

幸運なことに名前はわからないが、

卒業した先輩方が同窓会を通じてびわこ大学の図書館に

多くの最新の受験書を寄贈していただいたお蔭でもある。

百合枝は高校時代、

多くの起業家を輩出しているびわこ大学に憧れていた。

びわこ大学は、入試も簿記で受験ができた。

実業界の第一線で活躍している先輩を排出している伝統のある大学だ。

びわこ大学卒業生は、滋賀県内で起業し、

活躍していた先輩が多くいた。

現代版の近江商人だ。

びわこ大学に入学できて本当に良かったと思っている。

大学が人生のひとつの起点になったと思っている。

親に無理を言って進学して本当に良かった。

自分も将来は父のような起業家になりたいと考えていた。

びわこ大学は彦根駅から駅前の大どおりを琵琶湖に向かって歩く。

小高い山の上に勇壮な城、国宝彦根城が見えてくる。

城下町ならではの茶店が並び、

石垣の堀の淵には、均等に桜の木が植えられている。

門をくぐり、国宝彦根城の堀を通って、

びわこ大学に向かう。

入学式には堀の通りに桜が咲き乱れ、

これでもかといわんばかりに桜たちが百合枝の心に

「おめでとう。」

「おめでとう。」

「おめでとう。」

「おめでとう。」

「おめでとう。」

と声を掛けて祝福してくれる。

彦根城の堀に沿って、

歩く。

石垣を、

くぐりぬけると、

びわこ大学の正門がある。

門が学風をかもし出す。

講堂が、見える。

百合枝は

この講堂が、大好きだ。

素敵な、しゃれた雰囲気をかもし出している。

ここで、卒業式が行われると聞いている。

楽しみだ。

正門を過ぎ、

まっすぐ、いくと

右手側に蔵、土蔵を三つ重ねた

江戸時代の建物のような

雰囲気をかもし出す

近江商人博物館が見えてくる。

そして、

正面には

地域、滋賀県内の

企業と連携し、

新しい産業を創造する

びわこ大学産業創造チャレンジセンターと

びわこ大学の同窓会館があらわれてくる。

この建物も明治時代にオランダから

きた有名な建築家によって立てられた

国宝級の文化財だ。

この建物は、

同窓会のために宿泊施設も備えている。

右に曲がると、

すぐに左手に図書館がある。

2階には、最新の資格受験雑誌がたくさんある。

図書館を過ぎると、

校舎が立ち並ぶ、

ケヤキ並木をくぐりぬけると、

体育館がある。

体育館の横には、食堂、学食である。

食堂の窓から彦根城が見れる。

食堂の横の体育館の裏には、

プール。

そして、

広大な運動場がある。

運動場は彦根城内へとつながり。

琵琶湖の湖畔へとつながる。

ボート部の練習場がある。

これがびわこ大学だ。

木村寮(架空施設)

はそんなびわこ大学から少し南に面し、

美しい琵琶湖の湖畔にある。

湖畔から見る景色は爽快である。

すがすがしい朝だ。

その日は1時限目から大学で会計学の授業だ。

愛車の自転車に乗り、大学に向かう。

しかし、私の後ろをだれかが、

大声で何かをいいながら自転車で追いかけてくる。

「中年のオッサン。」

と思わずいってしまう。

百合枝は怖くなって猛スピードで大学にいく。

しかし、後方の自転車が横転するのが見えた。

思わず、百合枝は、苦笑いしてしまう。

そのままにして、大学に向かう。

大学の西門にたどり着いた。

1時間目は、木村田先生の会計学の授業だ。

百合枝が教室に行くと、明子と口田竹さんがいた。

明子は百合枝と中学、高校からの同級生だ。

明子の横に座ると、明子が言った。

「昨日、お疲れ。」

百合枝

「お祝いしてくれてありがとう。」

口田竹

「百合枝、先週のノート見せて」

百合枝

「いいよ」

口田竹は三浪して、びわこ大学に入学をした。

口田竹は調子のいいところがある。

会計学の授業担当の木村田先生が教室に入ってくる。

携帯をマナーモードにしょうとする。

口田竹がしゃべりかけてくる。

気をとられる。

木村田先生の会計学の授業が始まる。

胸騒ぎがする。

何か聞こえる。

授業中に携帯にメールが鳴った。

木村田先生が黙ったままで百合枝を見る。

授業を受けている全員がこちらを向く。

百合枝はすぐに携帯を取り出した。

「先生、すみません。」

携帯がマナーモードになっていなかったのだろうか。

百合枝は木村田先生にいう。

「携帯マナーモードにしときます。」

携帯を確かめるために、

カバンに手を入れる。

携帯をかばんから取り出そうとする。

嫌な予感がした。

体と手が震えた。

携帯が右手からすり落ちる。

スローモーションのように携帯が落ちてゆく。

机の下のコンクリートの角に携帯があたる。

リチウムイオン電池が携帯から飛び出る。

百合枝は、

携帯と電池を拾い上げて、

電池を直ぐに取り付ける。

落ちた携帯の画面をみると、

携帯をマナーモードのままだ。

携帯をみる。

携帯の画面に「着信あり」とある。

母からだ。

嫌な予感がした。

また、体が震えた。

なにか押しつぶされそうな感じがする。

メールも届いている。

机の下で木村田先生に見えないように、

おそるおそる見る。

携帯がおかしくなっている。

メールの文字も壊れている。

携帯を見る。

「会社倒産、父・・・・連絡・・。」

とメールのタイトルにある。それも母からである。

母に連絡を取りたかった。

百合枝はいてもたってもいられず。

たまらず教室を走りながら出る。

明子が叫ぶ。

「百合枝」

明子の声が響く。

百合枝は振り向かずに走った。

ドアを開けた。

教室を出た。

左手に携帯を持ち

右手で携帯をかける。

「かからへん。」

「かからへん。」

「あ〜・・・・・・」

いらだつ。

長く感じる。

「壊れてる」とつぶやく。

百合枝は

落ち着け、

落ち着け、

落ち着け、

と繰り返しながら自分に言い聞かす。

しかし、携帯は落としたので壊れている。

かからない。

どうにもならない。

食堂の前に電話機があるのを思い出す。

百合枝は教室の前の食堂まで走る。

勢いあまって人に当たる。

こけてしまう。

百合枝

小さな声で下を向きながら、

「すみません。」

という。

百合枝は顔を上げる。

そこで朝会った人に出会う。

「あ、・・・・・・・。」

と思わずささやいてしまう。

その男は右手にびわこ新聞の朝刊を持っていた。

新聞には笑顔の百合枝が、写っていた。

左手には包帯巻いていた。

さっきの自転車で転んだ怪我・・・・・?

なにか不思議な感じの人だと百合枝は思った。

気にはなった。

直ぐに新聞をカバンに入れ。

村木は右手を百合枝に差し出した。

「村木 春と申します。」

そこで村木に出会う。

ゆっくりと丁寧に百合枝を右手で引き上げてくれた。

「中年のオッサンとはひどいな、これでもまだ30代ですよ。」

言いながら。

百合枝

「シマッタ」聞こえていた。

「授業いいの?」

百合枝それどこではない。

こんなオッサンにかまっていられない。

百合枝は村木を無視する。

食堂の前の電話機から、

母に電話をかける。

村木はそばにいて、受話器から泣き声が聞こえる。

百合枝

「お父さんが・・・・・」

村木は絶句する。

百合枝の時間が止まった。

頭が真っ白になる。

波音が聞こえる。

潮の香りがする。

カモメが鳴いている。

海のようだ。

幼いときにお父さんと一緒にいった海だ。

小さな子供が、

砂浜で遊んでいる。

お父さんが笑っている。

子供を抱えあげた。

百合絵は叫ぶ。

「あ〜私だ。」

時が流れた。

夕日が沈む。

お父さんと一緒に砂浜を走る。

私はこけた。

お父さんの手が離れる。

いつもだったら、すぐに起こしてくれる。

のに・・・・

何もしてくれない。

お父さんは笑顔だ。

私は、

お父さんに右手を差し出す。

お父さんは私を起こしてくれない。

お父さんは手を振りながら、

遠くへいってしまう。

百合枝は

「お・・・・・」

「お・・・・・」

百合枝は

言葉にならなかった。

スローモーションのように右手に持っている受話器が落ちてゆく。

百合枝の頬に、

涙が流れ落ちる。

村木はそんな表情の百合枝を見て、

「どうしたの?」

と問いかける。百合枝は、

われに返る。

「わ〜」と泣き叫ぶ。

村木も絶句してしまう。




時が流れる。




村木は自分の涙をこらえるのが、

精一杯だった。






(わが国の起業の成功率は低い。

10年後でも残っている企業は10社にに1社である。

毎年、自殺者は、約30,000人を超える。

その半数が自営業者で交通事故の死亡者を上回る。

自営業者はがんばりすぎず、

自営業者には適度のストレス解消は必要不可欠だ。

ためないことである。どうにかなる。

あなたのことをかけがえのない人と

思っている人はあなたが思っている人

以上にたくさんいる。

「生きててなんぼだ!!ファイト!!!」

事業に失敗をしても、立ち直る制度や

暖かい目で見てあげる社会的な支援は、

必要不可欠である。

しかし、しっかりと戦略をたて、

成功している

若い起業家も、多く接して来た。

失敗を肥やしに力強く、前向きな、

滋賀県でも起業家は多く生まれている。

今の日本には、

必要不可欠な人(人的資源)である。

一度しかない人生で、

自分の人生を活き活きと生きるために、

起業することも、

大切なことだ。

学生時代から人生の

生き方を学び、

生きがいと仕事を一緒に考える

ことも大切だ。)






数ヶ月後。



百合枝は自分の人生のために



立ち上がり、



動き始める。



「ファイト」



村木 春(仮名)31歳

大学を卒業後、専門学校講師を経て、

夢であった。元気の出る簿記教室を立ち上げ、

1年前から経営する。

周りの人から、

「コンピュータ会計の時代に」

といわれながら、

「あえて、簿記のすばらしさを知ってもらうために。」

学生時代に楽しい思い出のある彦根で創業をした。

かけがえない友人と出会い。

一緒に協力し、涙を流した思い出が、

数え切れないほどあるからだ。

大学の学園祭やトンボ人間コンテストに参加。

大学のキャンパスの最上階から見た彦根花火祭り。

土曜の夜の琵琶湖1周、ナイトドライブ。

商店街にあるすし屋の学生バイトで身に着けた経営学。

先輩の下宿でギターを弾いて

一緒に歌った青春の歌。

10年後、

創業している大学時代の友人も多くいた。

親切な先輩も多くいた。

学生時代の思い出のある彦根でしたかった。

村木は彦根が最適だと思った。

しかし、10数年前の彦根とは違い。

南彦根付近では、

大型のショピングセンター等が、立ち並んでいた。

人口も増え、何でも揃う町になっていた。

都会的な住みやすい町になっていた。

滋賀県は近江商人発祥の地でもあり、

滋賀県民が育成する文化があった。

そんな滋賀県には大学が多く、

たくさんの学生を育てる。

まさに、学生と一体感のある町であった。

彦根城の南門には江戸時代の城下町を再現した

お姫様どおり商店街(仮名)がある。

びわこ大学と彦根駅の中間に平行する形で、

お姫様どおり商店街が形成されている。

城下町風の商店街には、情緒があり、

土日になるとお城の見物とお姫様どおり商店街に人が押し寄せる。

その商店街のなかには、

お肉屋さんで美味しい近江肉をレアーで焼いてくれる店もある。

ここで昼のランチで食べるのを、

彦根での創業時は楽しみにしていた。

彦根城の四季の移ろいを

感じながら、お姫様どおり商店街の

和菓子屋で氷の器にのったわらび餅や、

ぜんざいを食べるのも楽しみにしていた。

このお姫様どおり商店街に村木の経営する教室がある。

びわこ大学の木村寮に行った日。

びわこ新聞の記事を見て、百合枝に会いにいく。

先日のびわこ新聞の記事で村木は才能にきづいたからである。

その百合枝の才能をうらやましく思っていた。

村木との出会いで百合枝は、

村木の経営する元気の出る簿記教室で簿記を教えることとなる。

百合枝は今までの受験勉強のなかで

一番熱心に簿記を勉強してきた。

誰にも負けないという自信もあった。

村木に質問された。

「簿記ってなんですか。百合枝さんわかる?」

百合枝ももちろん簿記は帳簿記入の略は知っていた。

百合枝は、自分のなかで簿記を帳簿、

すなわちノート(帳面)に記入することと定義していた。

「あなたのお母さんがつけている家計簿やあなた自身の小遣帳は、」

村木は百合枝に質問する。

「小学校の低学年に書いた絵日記は?」

さらに村木は百合枝に聞く。

「紙ではなく企業の経済活動のデータをパソコンから入力した場合は。」

と聞いてくる。

村木は尋ねる。

「簿記だと思いますか?」

目を白黒させる百合枝であった。

さらに村木は百合枝を試すかのような質問をする。

村木は、

「個人商店が銀行からの預金利息を受取った時は

なんていう勘定科目使いますか?」

と質問を投げかけてくる。

矢継ぎ早な質問に百合枝は戸惑い。

混乱する。

村木は チョーク ばさみ を差し出す。

「模擬授業をして」

百合枝は戸惑いながら、チョーク ばさみ をもち、話し始める。

2時間後。

村木は、百合枝に

「あんたが2時間で生徒さんからもらうお金はスパイダーマンや

ハリーポッターの映画代より高い。」

百合枝は、「はっと」 気づく。

百合枝からチョーク ばさみ を取り、右手に

チョーク ばさみ を持ち、講義を始める。

百合枝は驚いた。

いままで、冴えなかった中年のオッサンが、

チョーク ばさみ を持った瞬間に変わった。

村木の目が輝いている。

百合枝の支離滅裂な言葉と違い。

活き活きと水を得た魚のように右へ、左へ動く。縦横無尽だ。

体で表現しながら、教室の隅々まで透る声で。

言葉に思いをこめ、百合枝の目を見ながら、百合枝の心を突き刺す。

百合枝は思った。

言葉に魂がこもっている。

父の件で百合枝は心にもやもやがあった。

村木の講義を聞くと、元気がでてくる。

百合枝は、「ファイト」と思わず、言ってしまった。

村木は百合枝に講義で元気を与えたかった。

次の日から村木の特訓が始まる。

言葉の発生練習から。

「あ、い、う、え、お、あ、お。」

「あ、い、う、え、お、あ、お。」

「あ、い、う、え、お、あ、お。」

「あ、い、う、え、お、あ、お。」

「あ、い、う、え、お、あ、お。」

百合枝は大きな口を開けながら、

精一杯、声を出す。

しかし、この研修で村木は百合枝の前で一度も 

チョーク ばさみ で黒板に書くことがなかった。




1ヵ月間の村木の指導後。




会社帰りのサラリーマンと自営業者を

ターゲットに平日の夕方に

簿記3級講座開講が決まる。

村木のOKがでて、百合枝は簿記を教えることになる。

当日、

教えるまでの待っている間、緊張のあまり、手に汗がでる。

思わず、自分自身に。

「ファイト」「ファイト」言ってしまう。

村木が遠くから、百合枝の姿を見ている。

教室には入ると。

全員が、こちらを見る。

緊張が最高潮になり、手、足が震える。

村木の言葉を思い出す。

「こんばんは。」

一番目に座っている人が、

「こんばんは。」

という声を聞き、百合枝は自分でも緊張が引くのがわかった。

1カ月の個別指導で村木が言ったとおり、

大きな声で挨拶をして正解だった。

これは村木のアドバイスが的を得てるのに関心した。

百合枝はチョーク ばさみ を持ち、

颯爽と講義をし始める。

輝いていた。

「簿記とは、」

と黒板に書き込む。

百合枝は、ゆっくりと数十人の受講生を見る。

受講生全員のまなざしがこちらに注がれている。

また、緊張をしてしまいそうになる。

しかし、まなざしが心地よく感じる。

楽しく感じ始める。

百合枝は語り始める。

「一言で言えば帳簿に記入することです。」

「簿記は、帳簿記入、帳簿記録または、帳簿記録保存法の略であるといわれています。」

「単に絵日記のような絵で表現したものではなく、お金によって表現されています。」

「家計簿のように私が毎日、好き勝手に付けている帳簿を単式簿記といいます。」

「皆さんの受験される簿記3級は企業の帳簿記入を対象にしています。」

「企業はお金、もの、人を持っていて、財(形のある商品等)・サービスを

提供する自分で考えて行動する組織のことをいいます。」

「近くにある商店街の魚屋さんや八百屋さんや、

日本で一番稼ぐ、自動車、携帯電話の株式会社も企業です。」

「企業の帳簿は、好き勝手に付けることはできません。」

「そこで、だれが見てもわかるように規則(ルール)があるのです。」

「その規則を私と一緒に勉強しましょう。」

遠くから村木は教室の様子をうかがう。

百合枝の姿を見ながら村木は、

ぼそぼそとつぶやく。

「向いている。天職だ・・・・・」と。

静まりかえった教室に、

百合枝の透きとおる声が教室すみずみまで響く。

受講生をひきつけるオーラがある。

輝いている。

百合枝は、がむしゃらだった。

百合枝は軽快な口調で語りかける。

「企業の帳簿記入である簿記は、日々の出来事(取引)を記録していきます。」

「この出来事をメモする手続きが仕訳(※重要ポイント)です。」

「仕訳、仕分けるという言葉は、左と右に分類するという意味があります。」

「帳簿にメモ書き(仕訳)をする出来事を簿記上の取引といいます。」

「お金、もの、権利などが、増えたり、

減ったりする出来事を仕訳(メモ書き)によって記帳していきます。」

「簿記では、最終的な目標として資料を作成していきます。」

「この資料で3級の簿記で必要なものが、貸借対照表と損益計算書です。」

「貸借対照表は、時点の表です。」

「それに対して損益計算書は、計算書ですから、期間で計算します。」

「このような資料を財務諸表といいます。」

「諸表というぐらいなのでたくさん資料はあります。」

「貸借対照表から説明します。」

と百合枝はいいながら、チョーク ばさみを持ち、

丁寧に黒板に書き込む。

貸借対照表とは、企業の一定時点の財政状態を示す表。

黒板に書き込むと百合枝は、

受講生のノートに書き終わるのを見計らって、

百合枝は、語り始める。

「企業活動にとって大切なことのひとつにお金の流れがある。」

「どのように財産等を運用しているか。どのようにお金を集めたかを

知るための資料です。」

「左側に財産等を運用している資産、

具体的には、お金、もの、権利等は記載されています。」

「右側にはどのようにお金を集めたかを現す負債と資本、

具体的には、返済しないといけない義務(負債)と

返済しなくてもよい元手等(資本)が記載されています。」

「資産のグループには、現金、預金、建物、貸付金などがあります。」

「負債のグループには、借入金などがあります。」

「資本のグループには、資本金などがあります。」

「貸借対照表に対して損益計算書は、

企業の一定期間の経営成績を示す計算書です。」

「例えばみかんを100円で買ってきて、商売するとしたら

あなたならいくらで売りますか。」

といって百合枝は、教室内を見渡した。

受講生は50人ぐらいだ。

下は高校生から70歳ぐらいのお年寄りもいる。

百合枝は30代前半のブランドの背広できめたサラリーマン風の

鼻筋のとおったしゃきっとした顔つきの男の人に、

目がとまる。

その男の人と

目と目が会う。

思わず、照れてしまう。

百合枝は、自分の髪の毛を

手ぐしで整えてしまう。

右手と左手の動きがぎこちない。

照れ笑いをする。

19歳の少女の

微妙な心がこう叫ぶ。

「かっこいい・・・・・・」

とぼそぼそつぶやいてしまう。

思わず声が出てしまった。

百合枝の顔が見る見る

赤面していく。

はっと

気づく。

授業中だ。

百合枝はわれにかえる。

教壇の上の名簿を見る。

加古伊 優作 31歳 男 株式会社一流企業勤務 最終学歴びわこ大学

と書かれている。

「加古伊 優作さん。いくらで売りますか。」

村木に生徒さんの名前は必ず、付けてしゃべれと指導を受けていたからだ。

加古伊は答えた。

「110円で売ります。」

そうすると教室の後ろから中年の小太りのまえかけを付けた男が、

「そんな値段で売らんで。」

百合枝は慌てる。

村木との模擬授業でなかった質問だ。

登米 大吉  32歳 男 屋号果物屋さん 最終学歴びわこ大学

思わず、百合枝は座席表から名簿を確認する。

百合枝は、思わず。

「困った・・・・・」とつぶやく。

百合枝は、実は経理事務の経験がない。

なにせ、百合枝は花の女子大生1年生。

その男は、お姫様どおり商店街の果物屋の店主だ。

毎日、経理は記帳してるはず。

百合枝は、村木の言葉を思い出す。

百合枝はつぶやく。

「成せば為る。」

力が沸いてきた。

登米が質問をする。

「130円から150円ぐらいやな。」

百合枝は、

「なるほど」とうなずく。

「登米 大吉さん、150円ですか。」

百合枝はすかさず。

「登米 大吉さん、なぜ150円で売るんですか。」

「みかんがグレープフルーツや夏みかんになったわけでもないし、

なぜ100円のみかんが・・・・・」

登米はしばらく、考えた。

「そら〜四代目の亡くなった親父から教わったからや。」

お姫どおり商店街には創業してから100年以上経つ企業は多い。

彦根には、100年以上、経営を続けている企業が多い。

10年続けることが難しい、今日の状況から考えれば、奇跡だ。

登米も五代目だった。

百合枝はすかさず。

「登米 大吉さん、もし仮に50円で売り続ければ、どうなりますか。」

その質問対して、登米は

「商売にならん。」

百合枝は話し始める。

「登米 大吉さん、そこです、100円で買って来たものは、

100円以上で売らないと商売にならないのです。」

「100円を投資したなら、必ず回収しないと、

店の電気代や水道代を払えないのです。」

「この当たり前のことが判ってないと商売はつづけられないんです。」

「登米 大吉さんのお父さんは経験や体験で知っていた。

そこで息子のあなたには、同じ苦労をさせないように、

あなたに教えてたんですよ。」

登米は、うなずいて、考え深げに

「そうだったんか。おやじありがとう。」

百合枝は、登米にやさしく微笑んだ。

黒板に書きながら百合枝は、

「150円で売る行為を簿記の用語に直すと売上といいます。」

「売上は、収益というグループに属します。」

「収益とは、簡単にいうと儲けのことです。」

「商売で儲けるためには、たくさんのお金を使います。」

「儲けるために使ったお金を費用といいます。」

「ここで大切なことは、100円で買ったものは、

100円以上で売ることが大切です。」

「この当たり前のことができないと商売は続けられないのです。」

百合枝は教室の後ろの掛け時計を見た。

丁度午後8時をさしていた。

百合枝は、教壇に両手をつき、深々と頭を下げた。

そして、

「本日の授業はこれで終わりです。」

というと百合枝は微笑んだ。



翌日、百合枝は早速、びわこ大学にある近江商人の博物館に行った。

博物館は近江商人が築いた蔵を三つ重ねたような形をしていた。

百合枝は博物館の前でたたずむ。近江商人がいた時代に思いにふける。

近江商人は、繁栄は蔵の数で判断できる。

蔵の数が多いほど、商売に成功した証だと百合枝は村木から聞いていた。

村木によると一番、二番、三番と蔵があり、

三番蔵に宝物があると・・・・・

その蔵の中には

近江商人が繁栄した時代の企業経済活動を紙に記した証があると聞く。

それが大福帳だ。

100年以上持続継続する企業の原点はここにある。

近江商人の成功の秘訣が凝縮されているだろう。

室町時代の現在の滋賀県高島市の高島商人が

近江商人の最初であるという説がる。

高島市安曇川町の五番領城の南市から

朽木村を抜けて福井県小浜市につながる

九里半街道が大きな影響を与えた。

このような高島商人の活動の証しとして

当時の暖簾や帳簿類が近江商人博物館の

中に展示、公開されていた。

これがわが国、日本で最初の簿記だという学説がある。

もちろん、その当時、簿記という概念、考え方がなかったので、

規則性がはっきりしない、ルールのない単式簿記であったろう。

いや、規則性はあった。

ルールのある複式簿記だったかもしれない。

もしかしたら世界で最初の簿記は近江商人が開発したのかもしれない。

近江商人が活躍した室町時代には、すでに日本には、簿記は存在していたのだ。

今、われわれがいう簿記は、左を借方といい。右を貸方という。

借方と貸方に、計算・整理する場所である勘定科目を振り分ける作業。

すなわち、仕訳という作業によって、記帳している。

このように規則性のある簿記を複式簿記という。

複式簿記で記帳することによって企業活動が写像として映し出される。

企業にとっても税制面だけでなく、色んな利点がると

村木が言ったのを百合枝は思い出した。

この博物館には、近江商人の大福帳が展示・公開されていると村木から聞いていた。

百合枝はわくわくしながら、博物館の蔵のような建物の中に入ってみた。

博物館の中は薄暗かった。

中にはだれもいなかった。

「今日は休館」と思わず言ってしまう。

せっかく来たのだから、百合枝は中に入っていった。

百合枝が奥へ進むと、

ガラス張りのケースの中が照明に照らされている場所を見つけた。

百合枝は眼を凝らして観てみる。

文字と漢字の数字が書いてある紙の束を見つけた。

「あ、大福帳だ。」

百合枝は叫んでしまう。

その瞬間、人の気配を感じた。

周りを見渡すが誰もいなかった。

ガラスの箱の中の大福帳に眼を移す。

百合枝は気づく。

この時代の日本にはゼロという概念がなかったんだ。

十、百、千、万、億と漢字の数字にはゼロ「0」がない。

と思った瞬間、

ぐらぐらと照明が大きく揺れ始める。

「あ・・・・・」

と百合枝は叫んでします。

体が大きく傾いた瞬間。

博物館の照明がすべて消えた。

物が倒れる大きな音が聞こえた。

その瞬間、大きく揺れた。

百合枝は耐えられず、倒れた。

百合枝の時間が止まった。

頭が真っ白になる。

波音が聞こえる。

潮の香りがする。

カモメが鳴いている。

どこかで見た風景が広がっている。

百合枝は前に大きく倒れた。

時間が過ぎていく。

誰かが百合枝に右手を差し出している。

百合枝は、右手を引き上げられた。

休刊中の博物館、闇の中、一人で、地震に遭遇した。

百合枝は気を失ったのだった。

ただ、誰か分からないが、闇の中から

右手で、

引きあげられたのは分かった。

それからの記憶が飛んでいた。

百合枝は「誰・・・・・」と思った。

しかし、百合枝は心底、「ほっと」した。

地震のショックで、少しの間、動けなかった。

数日後

地震の影響などがあり、

村木の質問に対する答えが見つからないまま

第二回目の授業のため、

百合枝は村木の教室いた。

百合枝は授業の後の反省会での村木の言葉を思い出していた。

今日の講義は、まず、前回からの復習だ。

貸借対照表についてだ。

細かいことだが、村木から百合枝は次のような忠告を受けていた。

受講生が貸借対象書と書いていた。

と村木から教えてもらっていた。

村木によれば、

講義を始めたころは、

教える側も受講生も

よく、

間違えて書くと村木から聞いていた。

貸借対照表も

ぞう「象」ではなく「照らす」である。

貸借対照表は、あくまでも企業の一定時点の財政状態を示す表です。

期間の計算書ではない。

村木によると、

どうしても企業の経営をしていると、

企業の経営成績が気になる。

特に中小零細の経営者は、損益計算書重視だ。

利益がすべてになりがちで、大切なものを見失う。

しかし、貸借対照表は、

企業の一定時点の財政状態を示す表だ。

どのようにお金を調達し、どのように運用しているか。

企業にとって大切なものを知るために重要な表だ。

勘定合って銭足らずのような、

急成長した起業家がよく陥る

黒字倒産等を防ぐためにも貸借対照表を理解することが、

重要であると村木が前回の授業の反省会で力説していた。

貸借対照表は一定時点の財政状態を示す表だ。

よく、財政状態を財産状態という人がいる。

村木はいう。

厳密にいうと現在の貸借対照表は財産状態を示す表ではない。

現在の簿記上の資産は、お金、もの、権利だけではなく、

企業が所有する擬制資産(繰延資産等)と呼ばれるものも資産である。

財産プラスαである。このプラスαが財政状態という言葉で表現されている。

しかし、村木から初心者にここまで説明すると混乱するから、

あえて言わないことも教えることには重要と村木はいう。

「わかる」という感覚を持たせることが、楽しく学べることだと 教えてもらった。

しかし、百合枝は、伝えたかった。受講生に・・・・・

それは、受講生と一緒に簿記の面白さを体験してもらいたかったからだ。

教える側にとっても「わかってもらえる」とうれいしい、やりがいも感じる

ことができる。

しかし、

受講生が一人でも「わからない」といわれてしまうと、

教える側も教える意欲を失わせてしまう。

村木の言葉を借りると「わからない」という言葉は

教える側の心を刺す。

逆に受講生に「わからない」というマイナス思考の言葉をいわせずに

質問をさせることができたなら、受講生と講師が共に成長できると

村木は、百合枝に教えてくれた。

受講生をやる気にさせ、プラス思考にすることも大切だと・・・・・

ここで講師は、「理解させること」と、「わかった」という感覚との

天秤にかける。

通常、受講後のアンケートがとられる。

このとき、

講師は自身の評価を考えて「わかった」という感覚を重視する。

受講生に理解させることをあきらめる。

いや、多くの講師は考えなくなる。

しかし、百合枝は受講生に本当に理解し、

わかってもらいたかった。簿記の面白さを・・・・・

百合枝自身のチャレンジだった。

自らの右手でドアを開け、

颯爽と中に入った。

スッポトライトがあたっている

格闘技のK1や宝塚劇場の舞台に上がるように、

輝いていた。

教室では、

受講生の熱気が感じられる。

まず、挨拶から、「こんばんは。」

百合枝のチャレンジが、始まった。

百合枝は、大きく深呼吸をした。

次の瞬間、「こんばんは。」と第一声を放った。

百合枝は思った。

授業の始まる第一声は、やはり緊張する。

ここでちゃんと挨拶をしていないと、

高校のときに、塾で小学生に算数を教えたとき、

受講生の視線が集まった瞬間、

緊張のあまり頭が真っ白になり、

なにがなんやらわからなくなった。

受講生の顔がまともに見れなくなってしまい。

黒板に話しかけるようになってしまう。

黒板が友達になってしまう。

こうなると講義をやっていても面白くないし、辛いだけだ。

受講生もかわいそうだ。

村木に教えてもらった挨拶をしっかりすることが大切だと感じた。

緊張がひいた。

受講生の視線が百合枝に注がれた。

百合枝は、受講生と真剣勝負をする。

「前回の復習から、」

と百合枝は語り始めた。

「簿記は、英語で『 Book keeping ブックキーピング』といいます。」

「100年以上前に欧米の簿記の本が来ました。」

「もちろん外国語で書かれています。」

「そのころのわが国は英語などしゃべれる人はあまりいません。」

「もちろん、読むことも大変です。」

「外国の技術を何とか学ばないといけません。」

「日本はそれまで何百年もの間、鎖国していたのですから・・・・・」

「 Book keeping ブックキーピングが、」

「明治維新が終わった日本人たちに伝言ゲームのように伝わっていきました。」

「ブックキーピング」

「ブックキーピング」

「ブッキーピング」

「ブッキーピング」

「ブキーピン」

「ブキーピ」

「ブキーヒ」

「ブキー」

「ボキ」

「と日本人の耳にはアクセントのある

『ボ』と『キ』だけが残ったという説がありますが・・・・・」

「 Book keeping ブックキーピングを漢字で音訳したのでしょう。」

「ただ、昔のことなので真意はわかりません。」

「ただ、皆さんが毎日、肖像画が持ち歩いている人が英語を訳して伝えました。」

「すみません私は、持っていませんが、」

「教室を見回した。」

百合枝は登米 大吉さんに目が留まった。

「登米 大吉さんの財布の中には・・・・・」

百合枝は登米に尋ねた。

「今、店を閉めてきたので、諭吉さんはいっぱいおるで・・・・・」

と元気良く登米は答えた。

「多いと気分がええな・・・・・」

百合枝は微笑みながら、答えた。

「諭吉さんの書いた『福翁自伝』のなかで『私は維新後早く帳合之法

という簿記法の書を翻訳した。』とあります。」

「商売では、諭吉さんが描かれている紙幣。」

「お金の流れを記帳したものが簿記という人がいますが・・・・・」

「諭吉さんは簿記と縁が深い人ですね。」

百合枝は村木の模擬講義を思い出して続けて語り始めた。

「商売を長く続けるには、現金などのキャッシュを多く持つことが大切です。」

「でも、盗難・紛失等があるので、その日に銀行に預けたほうがいいですよ。」

と百合枝は登米に話した。

登米は、

「でも・・・店閉めたら銀行、閉まってるで・・・・」

百合枝は、

「銀行の時間外、すなわち午後三時以降、店を閉めたあと。」

「登米 大吉さんの店、果物屋さんの現金売上は、その日のうちに、」

「夜間金庫に入れたほうがいいですよ。」

「夜間金庫は彦根銀行のドアの横にある銀色の金庫です。」

「銀行と契約をして、利用したほうが安全です。」

「帳簿への記帳はその日のうちに金曜、土曜、日曜の夜であっても」

「通帳の普通預金は、彦根銀行の営業日の月曜日になって、帳簿と通帳の入金日がずれますが・・・・・」

「帳簿の記帳では問題ありません。」

「登米 大吉さん」

登米は大きくうなずいた。

そして、

登米は・・・・・

「百合枝・・・」

「百合枝せ・・・」

「百合枝せん・・」

「百合枝せんせい」

「百合枝せんせい」

「百合枝先生、ありがとう」

と百合枝に向かって答えた。

百合枝は、余談になったが、登米の満足そうな表情と

毎日、実務を経験している登米に先生として認められたのが嬉しかった。

百合枝は、初めて「先生」と呼ばれて

素直に、

「嬉しかった。」

なんとなく、これからも「私はやれる」と自信が湧いてきた。



登米 大吉の満足そうな顔と笑顔をみて、嬉しかった。


しかし、次の瞬間。


黒い雲が青い空を覆う。

雪ではない。

「ざあ〜〜〜〜」と雨が降り始めた。


教室の窓の外を見ると、


彦根城に雨が突き刺さっさていた。


そして、登米の後ろに座る加古伊 優作に百合枝は目が留まる。


前回の授業と違い、別人のように見える、。加古伊 優作が冴えない。


登米と加古伊は、明と暗のようにも写る。


百合枝は


「あっ・・・・・・・・・。」


叫んでしまう。


そういえば、百合枝の携帯電話に転送していた

登録しているメールマガジンのニュースに


「株式会社一流企業が粉飾発覚。不渡手形乱発。」とあった。

百合枝は大学の授業の監査論の授業で

粉飾とは、適正な会計処理をせずに利益等を過大計上し、

財務諸表である貸借対照表や損益計算書を偽ることである。

株主や融資先などステイクホルダー、

利害関係者たちをだます行為である

とびわこ大学の木村田先生の授業で学習していた。

木村田先生によると


企業の突然死を招くことも多いとのこと。

粉飾は上場企業の自殺行為にも等しい。


意外なことに

利益の過大計上をし、資金繰りが苦しくなって、

たいちいかなくなる企業は多い。

利益だけを追い続けていても

手持ちのお金がなくなったら終わりだ。

『黒字倒産や勘定合って銭足らず。』

という言葉が象徴している。

倒産した大企業には意外と多い原因である。


粉飾はしてはいけない。

木村田先生も言葉を思い出す。


粉飾は中毒と同じで依存症になってしまう。

この話を村木に百合枝は話していた。


村木は、簿記の専門学校に講師として就職する前は、


都市銀行に勤めていた。融資を担当していた。


企業にとって粉飾は蜜の味がするといっていた。


粉飾を見破るために必死に会社の計算


すなわち、会計を勉強したと百合枝に


話していた。


「粉飾の行き着く先は企業の突然死しかない・・・・」


と、村木は百合枝に教えてくれた。

企業の倒産の定義は難しい。

まだ、現役の大学生の百合枝はこの企業は潰れたと思った。


百合枝が、潰れたと思った最大理由は不渡手形の乱発だ。


不渡手形の手形とは、


商品売買取引で代金決済手段として、作成、すなわち振り出した紙切れ。


この紙切れにいついつまでにあなたに記載されている。


発行した企業と記載されている銀行に信用があるから、


手形に記載された額面の金額に貨幣と同等の価値がある。


手形は、通常、三ヶ月ぐらいである。


取引先の力関係によってお産手形といって10月10日、


七夕手形、これはひこぼしとおり姫のように、


1年以上も支払う期日が設定されているものがある。


手形のサイト、期日がながくなると、


受けとった企業の経営において資金繰りが苦しくなる。


株式会社一流企業は、このお産手形を乱発していた。


しかし、手形の支払期日、満期日がきても、何も生み出さなかった。


すなわち、お金、現金預金がなかった。支払不能となっていたのだ。

この状態が不渡手形である。

不渡手形は対外的な信用をなくす。

上場企業にとって不渡手形だけでも致命的だ。


さらに金融機関をだますという粉飾をしていた。

経営者は自社の経営状態の悪いのを株主、取引先、金融機関に

隠すために粉飾までしていたのだ。


この状態では、お金を貸す金融機関はない。

株式会社一流企業の現金預金は底を突いていた。

資金繰りがどうにもならなかった。

株式会社一流企業は平成元年設立の東京資本の会社である。

創業以来、いままで、利益を出し続けた黒字優良企業だった。

「なぜ。」

というのが百合枝の正直な気持ちであった。


しかし、最近は彦根店をはじめ、大型店が建設ラッシュだった。


株式会社一流企業は生鮮食品中心の小売で全国主要都市にある。


そして、東証一部上場企業だ。

規模拡大と多角化による放漫経営が原因だろうか。

いや、違う。


彦根では、昨年、登米 大吉の店(屋号 果物屋)

の横にできた大型駐車場を備えた


滋賀県の小売の販売面積で一番大きな企業だ。


百合枝はこのとき登米を知らなかった。

しかし、大型店の出店で

登米の店である個人商店の果物屋が潰れると思った。


しかし、登米の店、果物屋さんには戦略、考えがあった。


この戦略のおかげで2倍に利益が増えていた。


登米はこの戦略のためにITコーディネーターの資格まで取った。


この戦略は情報技術、ITを使った驚くものであった。


個人商店果物屋と株式会社一流企業との戦いだった。


それはありが象に戦いを挑むようなものだった。

株式会社一流企業は加古伊の勤め先だった。


実は百合枝のびわこ大学の同級生の明子も


全国展開している食品スパーの小売に興味があった。

知り合いのびわこ大学のOBを紹介してほしいといっていた。


明子の


「大きな企業だから、一生、働ける。」という言葉が印象的だった。


まさに大企業の不倒神話があった。

大企業は潰れないという神話だ。

しかし、実際にはインターネットを駆使した中小零細個人商店に敗れた。


ふと、百合枝は、我に返る。


百合枝の


「あっ・・・・・・・・・。」


という言葉に


加古伊 優作が反応する。


「ご存知でした。」


「私も恥ずかしながら携帯電話のメールで知りました。」


百合枝の顔を見る。


加古伊の暗い表情に戸惑う。


登米 大吉は、後ろを振り向き加古伊 優作に・・・・・


「会社だけが人生じゃない・・・・・・」


重みがあったが・・・・・


加古伊は登米の顔を見た瞬間、


目が潤んできた。


しかし、窓の外の天気と同じで


みるみるうちに加古伊の顔がクシャクシャになった。


実は、登米と加古伊は、びわこ大学の同級生で同じバトミントン部だった。


でも、登米自身もあの一流企業がと思った。


加古伊のおさまりがつかない。

涙が頬をつたって流れてゆく。

ただ、ほかの受講生もいる。


仕方ない授業と絡めるしかないと百合枝は思った。

その時、教室の外で、

村木の携帯電話のメールの着信音が鳴る。

村木はあわてって携帯電話のメールの音を消す。

村木は題名を見て驚く。

「電子会計実務検定試験初級が今年度秋から実施予定。」

村木は

「電子会計実務検定試験3級ではなくて初級か。」

「ネット検定か。これで村木簿記教室の方向性が変わる。」

と小さくつぶやく。

百合枝の授業をしている教室の横の事務室に長身の男が入ってきた。

背が高い、村木 春も背が高いが、もっと高い。

百合枝が、授業をしている教室の小さな窓から見える。

百合枝は窓越しに見えた瞬間、本能的に会釈をしてしまった。

受講生たちの目がそちらを向く。


村木 春は右手にテレビが見れるという携帯電話を持つていた。

左手は背広のポケットのなかに入れている。

このテレビ付きの携帯電話でニュースなどをよくチャックしていた。


村木 春の前にその男は座った。


村木 春の携帯電話のメールの着信音が再び鳴る。

村木 春はあわてって携帯電話のメールの音を消す。

村木 春は題名を見て

「電子会計実務検定試験の出題範囲。」

ついにインターネットで出題の範囲が平成17年一般公開されたのだ。

村木 春は開く。

携帯電話のIモードに記載された画面を見ながら、

これは大変なことになったと驚く。

簿記教室の事務所経営に大きな影響を与えると直感で感じた。

村木 春は電子政府、電子投票、電子申告にあるように電子という言葉が

これからの時代のキーワードになると感じていたので

簿記教室の屋号、名前を「村木デジタル経理学院。」にしていた。

長身の男が、ゆっくりと腰をかがめて、村木 春の前に座る。


村木 春はその男に説明をし始める。

「電子会計実務検定試験初級は、電子会計データの流れと

電子情報の活用に大別される。」

「問の一と問いの二がある。」

「問の一では四択で五問ほど文章問題が出題される予定だ。」


その男、に質問をする。


「商工会議所の一般に公開されている初級サンプル問題の一つに、


会計ソフトに入力された商品の販売データは、

電子データとして総勘定元帳の売上勘定に


分類されると同時にどこの売上勘定に集計される。」

その男は、すぐに答えた。


「答えは損益計算書である。


通常、コンピュータ会計の場合、仕訳という簿記上のメモ書きを入力すれば、


自動的に転記、移し変えを行いすべての勘定科目が集計された

総勘定元帳に集計される。


そして月次の試算表を作り、連動しながら

帳簿から誘導して貸借対照表や損益計算書を作成する。


この問題のような売上勘定でであれば、通常、商店別に補助科目が作成され、


総勘定元帳の売掛金勘定を詳しく説明するための補助元帳である売掛金元帳

(得意先元帳)も作成される。この場合は補助科目を作成する必要はあるが・・・・・

この問いに学習簿記を勉強した人は、

精算表と答える人がいるかもしれない。

しかし、

精算表は、


簿記の検定の三級で30点以上の採点のウエートを占め、合否を実質的に決めている


簿記検定で出題される問五の精算表は残念だが

コンピュータ会計、電子会計では見たことがない、


すべてが連動しているためにないのかもしれない。表示上の科目も売上高、仕入高で


財務諸表にすべて連動しているために仕訳入力時から、表示上の科目を使う。

売上原価の仕訳でも表示上の科目を使うし、

仕訳入力が中心のため学習簿記の二級試験の定番の特殊仕訳帳のような帳簿


も皆無である。」


さらにその男は持論を村木 春にいいはなった。


「実務をしていて思うのだが、個人商店を対象にしている学習簿記の三級では、


資本金勘定を使う、しかし、

実務の所得税における事業所得を計算する決算書の4枚目に

必要な貸借対照表には資本金勘定はない。

勘定式の貸方側に記載されているのは元入金勘定のみだ。


会計ソフトにも個人商店の勘定科目リストには存在しない。

ましてや店主が私用で現金等を使ったり、


引き出した場合に簿記の三級で使用する引出金勘定というものがある。


コンピュータ会計、電子会計では、


引出金勘定も存在せず、通常、事業主貸や事業主借勘定を使用している。」


村木 春もなるほどと答えた。


その男はさらに


「私も簿記を長年、勉強してきて思うのだが、学習簿記と実務簿記は乖離していた。


簿記をどれほど勉強しても実務では使えない。

しかし、この電子会計実務の問いの二番は、


領収証、請求書、納品書、伝票などの証憑類の証拠書類からダイレクトに入力をし、


計算し、問題の指示に従い入力すれば、

初級であれば即座に合否を判定してくれる。

この検定は


実務そのものだ。


さらに小さな簿記教室でも五台以上のパソコンと


設備投資には少しお金はかかるが、VPNルータと固定アドレスが、


あれば兄さんの簿記教室でも主催者が認めればネット試験はできる。


もしかすると数年後には入力方法もパソコンから携帯電話のような

端末に移行しているかもしれない。


コンピュータ会計、パソコン会計ではなく電子会計いわれるゆえんかも知れない。」


その男は村木 春を兄さんといった。


そう村木 勝(まさる)27歳、村木 春の弟である。


村木 勝は、兵庫県神戸市の海が見えるみなと大学卒業後、

実務経験を経て税理士として創業をしていた。


村木 勝は、自分の事務所を滋賀県彦根市とは

琵琶湖の反対側、対岸にあった。

日本一大きな琵琶湖をぐるっと周るので、

100キロ以上離れていた。

彦根からは名古屋市の方は近いくらいだ。

琵琶湖の西、湖西といわれる滋賀県高島市に住んでいた。

百貨店の高島屋などの近江商人の発祥の地である

滋賀県高島市で税理士事務所開設をしていた。

高島市は人口は5万都市であるが、事務所の前を蛍が飛び交う自然豊かな街だ。

村木 勝は、

生まれ育った街で地域貢献をしながら、

日本の明日を担える起業家を育成したい。

近江商人発祥の地で起業が学べる大学を創りたいという夢があった。

滋賀県で一番面積が大きくて人口密度の少ない市で

都会では味わえない

村木 勝にはもう一つ楽しみがあった。

高島市朽木には、天狗がでるというてんくう温泉があった。そこに週末に

天狗と遭遇するのを楽しみにしていた。

まわりからは天狗ではなく、鹿だといわれたが、村木 勝は天狗だと信じていた。

いや、天狗だと思いたかった。

こんな村木 勝は滋賀県高島市に


村木 勝税理士事務所を


開設して3年目であった。


弟の話がつづく。

村木 春は静かにうつむきながら、

村木 勝の話を聞き入る。

村木 春は自分の人生を回想する。

大学を卒業後、何も考えずに

大手指向で、都市銀行に勤め、故郷を捨て

人もうらやむニューヨーク支店勤務をしていた。

その当時、大学生だった弟、村木 勝に

海外勤務の自慢ばかりしていた。

預金量のNO1の銀行との

合併の話があるまでは怖いもの知らずだった。

表面的には対等合併であったが、

実質的には預金量の何倍もある相手銀行に吸収される運命にあった。

合併が翌年決定するという話が固まると、

村木の上司は大量に名刺の印刷を頼んだ。

お客様にまくのではなく、

合併する相手銀行の幹部に渡すためだ。

泥沼化する人事。

すべての従業員が自分の保身に走った。

合併後、1年目までが、人事に影響が多大であることを

すべての人が知っていたからだ。

家族がいる中高年の管理職の人たちには仕方のないことだった。

今では村木 春も理解している。

その当時、若かった村木 春には理解ができなかった。

本当に嫌気がさした。

後先考えずに辞めた。

最後の退職の挨拶で

人生において最初で最後になるくらい、

泣きかれるまで泣いて挨拶をした。

涙を自分で止めることができなかった。

周りの人たちや学生時代の友人からは、

自分の気持ちに嘘をつかずに、

自分らしく生きることは、

「私にはできない。

村木の強みだ。」

と友人たちから言われたが、

村木 春はあまりうれしくなかった。

人としては正しい判断だと村木 春は思った。

後悔もしていない。

若いうちは買ってでも苦労をしろという

言葉を実践できた。

辞めて、好きだった教える仕事に活路を見出すことを考えた。

起業も考えた。

しかし、大企業の看板なしでは誰も

二十代の若造を信じてくれなかった。

創業に必要な開業資金もない。

サラリーマンであったものが、

勢いで仕事をやめた場合、

悲惨である。

自分の力と会社の力を勘違いしてしまう。

今まで仕事ができたのは大企業の看板があったからだ。

その看板がなけれは、取引先の態度は豹変する。

相手すらしてくれない。

そのときになるまで気づかない。

気づいたころには、

仕事がないのと同時にどこにも

属さないことになる。

なににつけても、

「仕事は何ですか。」

「どこにいってますか。」

ときかれる。特に田舎はうるさい。

属する組織もない。

ネクタイをしない起業家というのは流行のようで

聞こえが良いが、

仕事がなければ、失業保険をもらっている無職の人より、

生活は苦しい。前途多難である。

背広やネクタイをせずに私服でSOHOみたいに

コンピュータを駆使し

家で仕事をしていたら

遊び人のように世間で思われる。

本人よりも家族が世間体を気にし始める。

特に配偶者に反対されたら地獄である。

子供も反発する。

このような起業家は、

ただ、プラス思考の夢想家にしか過ぎない。

起業の成功率は低い、失敗は多かれ少なかれ

必ずする。

特に

資金が底をつけば、個人商店の場合、

昨今のITを中心とする大企業の

景気の回復とともに

若くて能力があれば、

サラリーマンに戻る場合が多い。

諦めも大切だ。

一度、サラリーマンに戻って、

もう一度、体制を取り直せばいいだけである。

大切なことは、自分自身に負けないよう

ダウンしたボクサーのように

すぐに立ち上がり、

ファイティングポーズをとることである。

まだまだ、若者には再び、チャレンジする時間はある。

しかし、現実は、厳しい。

再就職の条件は前より悪くなっている。

「脱サラ、退職届一瞬、後悔一生だ。」

こうならないようにすることが大切である。

でも、個人商店で事業を続けている人で

再就職できる人はまだ、幸運なのかもしれない。

事業主に

年齢問題や能力がなければ、

鳴かず飛ばずで自営業をするしかない。

個人商店であれば固定費を

極限まで下げることができれば

奥さんと二人で

鳴かず飛ばずでも続けられる。

仮死状態でも生きられる魚のようなものだ。

個人商店の場合、

仮死状態でもいき続けられることに意義がある。

しかし、大きく転ぶことのない

この状態が、もしかしたら、

一番、幸せな状態なのかもしれない。

村木 春、自身も銀行で融資をしながら、

失敗し、諦めていった起業家を多く観てきた。

鳴かず飛ばずの起業家も多く知っている。

しかし、自分が起業したら同じ失敗をする。

実は、観ているだけで

経験していなかったので、

本当の痛みがわかってなかった。

経験して初めてわかったのかもしれない。

村木 春はこの時期、

どうにもならい孤独感に襲われた。

自分も多くの起業家が失敗したように

失敗するのか。

自分の人生を見つめなおした。

やりたいことを真剣に考えた。

どうなりたいか。

自分のあるべき姿を・・・・・

悩み続けるある日、

偶然、インターネットで簿記講座の動画を観た。

簿記を紙芝居風に教えている面白い人がいた。

簿記が面白く思えた。これだと感じた。

村木 春は気づいた。

「簿記」しかない。

びわこ大学で学んだ簿記しかないと思った。

夢が広がった、小さくても受講生に元気が与えられる

元気の出る簿記教室がしたい。

そのための準備に

教えることができる簿記の専門学校をさがした。

最初は非常勤講師、

非常勤講師は時給は高いが仕事が連続していないので、

対費用効果を考えると

なにをしているのかわからないことがあった。

夢がある。がまんできた。

所得は銀行時代の十分に一に減った。

でも、気持ちは豊かになった。

やっとの思いでなった専任講師、

専門学校の専任講師、本当に安月給だった。

でも、簿記を教えること、伝えることが楽しかった。

思いが熟成したときの起業だった。

インターネットで調べながら、

わけもわからず事業計画書を作った。

コンピュータ機器の導入のため多額の設備投資をした。

そのほとんどを国民金融公庫から借り入れた。

創業した村木 春は考え込んでしまった。

電子会計実務試験の導入で

自分の経営する簿記教室がだめになるからという

恐怖感ではない。

もっと奥にある。

もっと本質的な。

人としていきるうえで大切なこと。

弟、村木 勝と自分との対比。

真っ直ぐな思いを貫く弟、勝との人生とは違い、

挫折、紆余曲折のある

曲がりくねった自分の人生。

何も成し遂げるこのできない自分。

村木 春は包帯をしている左手をゆっくりさすり始めた。

考え込んでいた。

そして、ぼそっと

「人生かくれんぼ。」

とつぶやいた。


そうすると隣の百合枝の教室で男の大きな泣き声が聞こえてきた。

教室の後ろのドアから洩れる大きな泣き声に

村木 春と弟の村木 勝は驚いた。


村木春と勝は教室の横の事務所で

電子会計実務検定試験実施について熱く語っていた。

そして、村木 春は、簿記教室創業までの苦悩、悩みを回想していた。

それが、


突然の大きな声で雰囲気、村木 春の気持ちが一転した。

しかし、村木 春は動けない。


思わず、村木 勝は教室の後ろのドアから教室の中に入る。


教室には50人ぐらいの受講生がいて熱気があった。

高校生から60代までの

年齢層の幅の広い受講生がいた。

さきほどの大きな泣き声と正反対に教室は静まり返っていた。


教壇に村木 勝が眼を向けると、


次の瞬間、教室が静寂のなかに包まれた。


格闘技のK1やプライドのスポットライトの光に包まれるかのような


まぶしいくらいのオーラを感じた。


勝の眼には、長い髪の毛を振り乱しながら

精一杯語りかける百合枝が飛び込んできた。


村木 勝は、全身に電気が走る感覚がした。


背筋の伸びた姿勢のよい長身の女性がこちらに気づく。


村木 勝に軽く会釈した。


次の瞬間、大きな泣き声が勝の耳に飛び込んできた。


加古伊 優作が人目も気にせず、

大きな声で泣き叫ぶ声が教室に響いていた。


そして再び、教室の窓から観える彦根城に激しい雨が突き刺さっていた。


その瞬間、泣き叫ぶ、

加古伊優作の後ろの小太りの男が「がさがさ」し始めた


びわこ大学経済学部経営情報学科の同級生で加古伊優作と


一緒に卒業した登米 大吉が前掛けのほこりを払いながら


長い無精ひげを触りながら立ち上がった。


加古伊 優作が人目も気にせず泣き叫ぶ、声がピタット、止まった。


そして、登米 大吉は想い深げに語り始めた。


「大規模な駐車場と滋賀県一の店舗面積

を誇る一流企業のスーパーの出店。」


「彦根駅前には、この大型店のおかげで

30階建てマンションや都市銀行が進出してきた。」


「それに反し、アーケードのある旧商店街は毎年、

じり貧の売り上げ、お客さまの高齢化。」

「シャッータ街と皮肉られることもたびたびだった。」


「正直、勝てないと思った。」


「現に、彦根のお姫様どおりの老舗の寿司屋が、

東京から進出してきた回転寿司屋の


乱立でつぶれっていった。」


「借金を増やして、負ける前に。」


「五代続いた老舗の果物店を閉めようと思った。」


「一時期は、目先の利益を考え、中学、高校が近いにも関わらず


規制が緩くなった


タバコなどの種類の違う自販機を数台、店の前に置こうかと思った。」


「このような小手先のことも考えた。」


「しかし、びわこ大学で経営情報を学んだ意地もあった。」


「卒業後、果物屋の配達の合間に大企業で働く加古伊 優作たちの同級生に


負けないように経営情報の勉強を続けていた。」


「果物屋の店は私、そのものだった。」


「私にとっておいしそうなメロンやバナナなどの

果物を触るのは幸あわせそのものだった。」


「この店を守るために、経営者と情報技術の架け橋に

なりえる経済産業省の認定資格である


ITコーディネータの資格も猛勉強で合格し、取得した。」


ITコーディネータ登米 大吉はさらに考え深く語り始めた。


その語り方に教室の20人ほどの受講生も息を呑んで聞き入っていた。


百合枝も、静かに登米 大吉の話を聞き入った。


「一流企業と自分の店を比較して経営資源である


人、もの、金では完全に負けていると自覚したいた。」


ITコーディネータ登米 大吉は


「しかし、知恵を出せばどうにかなると信じていた。」


「第四の経営資源の情報で勝負を賭けたかった。」


「負けてたまるかという意地もあった。」


登米は、500年持続継続できるような企業戦略を考え抜いた。


情報技術であるコンピュータを駆使した戦略経営がスタートした。


まさに蟻が象を倒す、近江商人ITコーディネータの驚く戦略であった。


簿記は生きた経営活動を記録、計算、整理したものである。


紙の机上だけのものではない。


百合枝は大学で勉強できないまさに生きた経営学だと感じとった。


百合枝は、簿記のように登米の経営活動をノートに書きとめていた。

村木春と弟の税理士の勝は、ITコーディネータ

登米大吉の戦略に興味深く

聞いていた。


百合枝も熱心に簿記講座用の帳簿に一字一句書きとめようとしていた。


彦根城に突き刺さるように降っていた雨も止み。


曇り空の合間から光が差し込んでいた。

屋号の書いてあるまえかけを触りながら、


登米大吉はゆっくりと話し始めた。


「私は、彦根で生まれ、彦根で育った。」


「彦根は人口10万都市だ。ここ十年人口は変わっていない。」


「東京や大阪に比べれば駅前のビル群を見るまでもなく。

琵琶湖のある自然豊かな田舎かだ。」


「しかし、滋賀県には大学は多い。

ただ、彦根にはびわこ大学があるが、残念だが、

卒業生のほとんどは東京や大阪の大企業に就職している。」


「私もびわこ大学で簿記教室経営者の村木春と

加古伊優作と一緒にびわこ大学で学んだ。」


「村木は銀行に就職し、加古伊優作は一流企業に就職した。」


「先祖代々の老舗の店を守るために

就職活動をせずに親父の背中を見ながら手伝った。」


「果物の手触り、触る、なぶるのが好きだった。天職だと思った。」


「親の面倒を看ずに、簡単に自分の生まれ故郷を捨てるを許せなかった。」


登米 大吉は、22歳の学生時代に結婚をし、店をしながら大学に通った。


小学生になる子供もいる。

両親はなくしたが、


妻の両親と一緒に子供の起業教育にもなるという思いで

店舗付住宅を新築し住んでいた。

登米 大吉はまいかけのほこりを払いながら、

握りこぶしを作りながら語り始めた。

「子供にも商売の面白さを実感してもらいたかった。

店舗付住宅が子供の起業家教育にもなると思った。」

「私も父親が母親と話す経営の話を聞きながら育ったからだ。」

「同じ商売を長くしていくうちに。」


「自分の気持ちのなかで何か物足りなさを感じていた。」


「俺は個人商店で、おじいちゃんや

おばあちゃんを相手に毎日、一円単位の


儲けばかりを気にしていた。ちっぽけな商売だと思ってしまった。」

「日々の楽しみは毎日書く、ブログぐらいだった。」

「最初はブログで自分の人生が少し変わるかもしれないと思っていた。」

「しかし、ブログでは人生は切り開けないと感じ始めたころだった。」


「偶然、3年ほど前に京都の三条大橋の上で

加古伊優作に会ったときに」


「加古伊優作から村木の話を聞いた。

村木は世界中を飛び回り、年収も給与所得だけでも

1,000万を超えたと聞いた。


そして、銀行の合併を契機に退職し、専門学校で何百人の

前で教鞭をとっていた。


講師で勤めていたのも羨ましかった。」


加古伊優作の一言が登米大吉の胸に突き刺さった。


「人生、一度しかないんや。」


「男なら大きなビジネスせんとな。

俺は何百億という金を店舗出展のために動かしている。」


「お前は今、何してる。」


「毎日、ブログを書いてるとしか言えなかった。」

加古伊優作が高級そうなネクタイをゆるめなら、

「ブログ?」

「そんなもん毎日、書いて金になるんか。暇やな〜。」


「加古伊優作の一言が私の人生を変えた。」


考え深げに登米大吉は語った。


「俺も何かしないといけないと思った。老舗の店も毎年、バブル経済崩壊後は


毎年、売り上げがジリ貧になっていたのも動機になった。」


「大学で学んで興味のあった情報系の勉強をし始めよう思った。」


「同じ勉強をするのであれば、資格を取ろうと思い。


「村木春に相談した。村木にITコーディネータという経営者と情報技術を


結びつけるコンサルタント的な資格があることを教えてもらった。」


「ITコーディネータの研修や実務経験、試験に合格をし、


合格証書が届いたときは本当に嬉しかった。」


「親父のころの商売は、赤のマジックで

果物の入ったダンボールを切り取って


本日の特売品と書いていた。昨日はバナナ、本日はブドウ、

明日はメロンという風に。」


その日の朝に卸市場に通い、

一番安く買えた原価が安い商品をたくさん買って来ていた。」


「バナナ以外の特にメロンは原価を低く購入できたので、

粗利(売上総利益)は高く儲かった。」

「バナナは売値は安く、腐りやすく、

一日で黒くなる。売っても売っても儲からない。

それに対してメロンは、値段が高くてもイメージで売れる。」


ここで授業中のため百合枝が簿記的な解説を入れる。


「総売上(総収益)から売れた原価、

すなわち売上原価を控除したのが、売上総利益です。


別名、粗利益ともいいます。商品販売時点の付加価値を示しています。


給与手当や広告宣伝費などの販売費及び一般管理費を控除し、

営業利益を出します。


この粗利益が高いほど企業は儲かります。」


登米大吉はうなづきながら話を続けた。


「客足が途絶えた午後6時を過ぎると

営業活動を兼ねて得意先を御用聞きをしていた。」


「毎年、売り上げは減ったがなんとかなっていた。

しかし、一流企業が店の前に大型の駐車場を


つくり、スーパーを造るという計画を聞いたとき、頭が真っ白になった。」


「このままでは、終わりたくなかったので

ITコーディネータ事務所の看板を二階の階段入り口に掲げ、


事務所を開設し、自分自身の人生に勝負を賭けた。」


「まず最初に、儲かる仕組みを構築するためにSWOT分析からはじめた。」


「自分の店の強み、弱みの内部環境を分析をした。

老舗にあぐらをかいて何もしていなかった。


この老舗は、自分の店の弱みだと気づいた。

この気づきが変わる事のきっかけとなった。


逆に外部環境の大型スーパーの出展は脅威ではなく機会、チャンスだと感じた。」


「これらを元に経営戦略が練られた。」


「この戦略を、名づけてITコーディネータ大吉のメロン戦略。」

ITコーディネータ登米大吉はメロン戦略を回想していた。

ここは登米大吉の店、入り口の店の二階大きな看板がある。

「果物屋」と大きな看板に書かれてある。

樹齢何百年もの年輪のある木の板に、

達筆な字で果物屋と書いている。

伝統の重みを感じ取れる。

店の中は、二人の息子が好きな鉄道の模型が置いてあった。

大吉の息子たちがちょうど東海道新幹線の模型を走らせいる時。

そこの長身の男が何もいわずに入ってきた。

息子の頭を右手でなぜた。

息子たちと何か喋っている。

そのとき大吉は、

店の奥の二階にあがる階段の横に

「大吉ITコーディネータ事務所」の看板を取り付けていた。

外からは残念だが、見れない。

新幹線の模型の方が目立つ。

外には見せようとしていない。

店は、どうみても果物屋である。バナナと青々としたパセリが店先に大量に置いてある。

大吉は思いぶかけに看板を眺めながら、店を駆け回るやんちゃな息子二人と奥さんと一緒に、

眺めていた。そこには右手でデジタルカメラを持つ長身の男が立っていた。

右手でカメラを持った男が語りかける。

「さあ〜さあ〜大吉ITコーディネータ事務所、開業の記念に写真をとろうよ〜。」

「奥さんも照れずに大吉の横に来て。」

「坊主たちもお父さんとお母さんの横に来て、はい、笑顔で、スライスチーズ。

いちたすいちはに〜。」

といやにこの男は明るい。左手の包帯が痛々しそうであったが・・・・・

大吉の店は、店舗付き住宅だ。店の真ん中には仕切るものも、なかった。

その店の真ん中で大吉は、ダンボールに入った

青々としたパセリを見つめながら、

右手でパセリをつかみ、自分の口に放り投げた。

大吉は思わず、

「まずい。」と

左手に包帯を巻いた男に言ってしまった。

でも、

「これが身体にいいんだよな〜。」

「小さい時から良く食べていたしな〜・・・・」

口の中が青くなったまま、

子供のような無邪気な笑顔で

大吉はこう言い放った。

「俺は果物や野菜が好きだ。特に滋賀県のメロンが大好きだ。」

「先祖代々の店を守り、彦根に貢献したい。」

「こんな思いを果たすために。」

題して「ITコーディネータ登米大吉のメロン戦略。」

具体的には

「毎日の果物や野菜を買ったり、売ったりがもっと簡単に、便利に

ムダなくできる方法がないか。」

「これが彦根の卸市場(おろしいちば)ですることできたなら・・・」

「地域社会が潤って

みんながWIN、WINの関係になれるシステム、しくみ。」

「この作戦のコードネームを題して

パワー市場せりびっくり情報システム戦術。略して

パセリ情報システム戦術だ。」

大吉はまた、パセリを口に入れほおばった。

この口に入れたパセリ、ダンボールの中にまだたくさんある。

毎朝、早く起きて買いに行く。

南彦根にある果物の卸市場にいく。

「この市場ではせり独特の言語、いや会話で取引が行われていた。

この取引を伝票という紙に書き写していた。」

ここで聞き入っていた百合枝が伝票に反応する。

「簿記三級の授業では、後半出てきます。

簿記三級の検定試験の問4でよく出題されます。

伝票仕訳という簿記上の出来事、

取引を資産、負債、資本等の増減変化に応じて

紙に記帳していく。この紙が伝票で振替伝票です。

一枚で処理している場合。

この伝票を一伝票制と呼びます。

ぞうぞ、登米大吉さん続けてください。」

登米 大吉はまえかけを触りながら、語り始める。

「まず、地域社会とのWIN、WINの体制をつくりを最優先に

考えていた。

それに対し彦根に進出する東京資本の総合スーパーの一流企業は

大型駐車場と大型店舗で新規参入する大規模小売店だ。

加古伊優作の店長をするこの総合スーパー彦根店は

直接、海外の大規模農場と大量買付けの取引をし、

利潤の極大化を目指す上場企業だ。

まともに勝負しても勝ち目はなかった。」

大吉は独自の自分の考えをしゃべり続けた。

「過当競争するのではなく一流企業と共存するには、

滋賀県の

果物、野菜を卸している市場自体を変える必要性がある。

パワーがせりで出る仕組みを作りたかった。」

手振りを交えながら大吉は話を続けた。

「パセリ情報システム戦術では、市場で働く人の了解を得て、

手でする仕事と情報システムに

置き換える仕事に分類した。

従業員からの意見も聞き取り調査をした。

ここでしっかり聞き取りをしないと間違った方向に行くし、

従業員の反発も受ける。

一番困ることは、経営者に疑問をもたれると、

失敗の方向へ進む。

ここは時間を掛けても入念に聞き取り調査をした。」

「毎日、私は果物の配達が終わると

夜遅くまで従業員たちと会議をした。

最初は反発していた従業員からも

信頼を得ることができた。

システム導入にあったて市場の生産性、効率性があがり、

働く人たちが、便利になるだけでなく。

情報技術導入によってお客さまがいなくならないように

お客さまの利便性、メリットも考えながら、

経営者、社長、従業員、地域の人々に可視化できるように

ITコーディネータの経営分析手法で図表化していった。

地域社会に貢献できる市場の最適値を探していた。

ITコーディネータの経営分析手法を使い

色んな問題点を解きほぐしていった。

点が線のように繋がり始めた。」

「市場のあるべき姿を探していあたのかもしれない。」

「そして、びわこ大学の情報系学科で経営学を勉強していたので、

情報システムを導入経験のあるベンダーに勤める友人も多くいた。

彼らに意見もびわこ大学の同窓会のサイトの掲示板で情報交換をした。

そして、社長、従業員、お客様と経営改革を推進していった。

毎日、社長、従業員には変わることの大切さを言いつづけた。

従来、この市場では、伝票、紙にによる集中管理をしていたため、

そこで働く、人々の仕事は伝票の記帳、整理、整頓であった。

これに157人の従業員が朝から晩まで取り組んでいた。

事実、これを社長も手伝っていた。」

大吉の話が続くが、50人ほどの受講生、

村木、百合枝たちは聞き入っていた。

「私はこれが一番のこの企業の問題点であり、

本質的な問題であると感じていた。

まず、社長に伝票の整理整頓が社長の仕事で

ないのに気づいてもらう必要があった。」

大吉は、社長と夜な夜な彦根にある夜の繁華街

ふくろう街に出かけた。

大吉は、社長の話を聞くことに徹した。

「社長は二代目で、もともとは夢は小説家になりたかった。

紙で処理しているので、整理整頓しても商品の管理ができず、

在庫管理ができず、倉庫のなかの商品管理ができず、

従業員が商品を横流しをしていないか。

そればかり気にして、伝票などの紙ベースの資料を丹念に見てしまい。

従業員に権限を委譲できないことも分かった。」

ITコーディネータ大吉は喋りつづける。

「情報システムを導入することにより、

在庫管理もガラス張りになり、不正防止になることも解いた。

それに調査をしているうちに、

私はある事実に気づいた。

従業員の仕事が終わったあとの行動である。

何かをゴミ袋にいれて捨てに行く。

従業員に話を聞くと、商品の移動中に落としたりして、

駄目になった商品が入っている。

それを従業員同士でかばいあい。

社長にだけ内緒にして、処理していたのだ。

私がその袋を確認すると、

まだまだ、大丈夫なものもある。

再利用も可能だ。

システムを変えればすくなくすることができる。

このことをオープンにしたほうがよいと従業員たちを説得した。

後日、社長のこのことを説明した。

社長の疑念、従業員が横流しをしているのではないかという。

長年の悩みは解決できた。

ここがポイントだった。

社長と従業員との信頼関係が取り戻せた。

夜の勉強会で

このような社長の愚痴を聞く日々であった。」

しかし、大吉は自分が経営者経験から、

このような会話から経営の本質の話を引き出すことが

大切であると知っていた。

「社長や従業員が少しずつ変わっていくのも楽しみだった。」

大吉は、社長と話すことにより

市場の方向性、思い、情熱を引き出そうとしていた。

これはまさにコーチングであり、社長も自分の思いを

生き生きと語ることができるようになっていた。

大吉が熱く語る。

「このプロジェクトのスローガンも

小説のような企業を一緒につくろう。

だった。社長の目は生き生きと輝いていた。」

大吉は夢を持つことの大切さを社長に気づいて欲しかった。

社長の仕事は、法律を守り、社会に貢献し、

夢を人々に優しく、熱く語り、

日々、少しでもいいから前進をする。

数値化された情報を意識し、

現金管理をしっかりして

社会全体のことを考えながら、

適正な利潤を生み出すために

社長の仕事は新規顧客を創造することであると気づかすことできた。

大吉は社長との信頼関係でこのプロジェクトはスタートした。

「せりで取引を行うせり人といい。

大吉もせり時の言葉が意味不明であった。

せりを行う人の言語を一般的な言葉にした。

これには効果があり、この共通化した言葉はコンピュータでも認識ができるようになった。

この言語をせり人一人一人の携帯電話を通じて

コンピュータのサーバーに音声と動画で読み込ませ

携帯電話でホストコンピュータに飛ばした。データ、

情報が共有化できるように

個人情報以外はすべての従業員や顧客企業に飛ばした。

動画によって可視化された情報には説得力があった。

このデータに基づいて

伝票、納品書、請求書の紙の代わりに2次限バーコードのシールで起票していった。

入力の手間は従来と違いせり人が発する言葉と動画に集約された。

これにより、市場の事務管理費用は数億円削減でき、社長も本来の

仕事である新規顧客の開拓に励むことができるようになった。」

大吉がなによりもうれしかったのは、社長が生き生きと仕事をする

姿を見ることだった。

そして、社長、従業員の人たちから「ありがとう。」

という言葉が嬉しく、やりがいを感じていた。

大吉にとっては何よりの報酬であった。

「市場の限界利益は大幅に改善され、その恩恵は従業員のみならず、

お客様である彦根で商売をする果物屋、八百屋の店にも、

安くて新鮮な果物が入るようになった。」

ここで百合枝が割って入って無理やり解説した。

「限界利益とは企業活動によって入ってくるお金、売上等の収益から売上に伴って

増減する材料費等の変動費を控除したものです。この限界利益から

売上に関係なく経常的に掛かってくる費用、具体的には人件費等を固定費といいます。

固定費は企業活動を視野に入れて戦略的に使うことができます。

この固定費を限界利益から控除したものが、経常利益になります。」

「ちなみに、損益分岐点は限界利益が変動費と固定費の合計と一致している

状態です。限界利益を見ることは変動損益計算書などで簡単に把握できます。

企業経営にとって限界利益の把握は最も大切な経営指標のひとつになってきています。

最近では、コンピュータ会計でも簡単に把握できるようになりました。」

「話がそれました。続けてください。登米大吉さん。」

大吉が再び回想を始めた。

「彦根中にネットワークを張り巡らさせる方法を考えていた。」

「この時、びわこ大学の恩師でもある山耳谷教授にも相談をし、

びわこ大学産業共同センターの協力によって

携帯電話を利用した学習型市場システムを導入した。

売り手市場から買い手市場重視に移行した。

買い手が市場に物を申すという能動型、

市場システムである。

それを彦根の果物屋の店主である大吉たち店主が拾い上げていくという

携帯電話をリーダー、動画、音声入力により読み込み装置として使う

画期的なシステムである。

さらに山耳谷教授はユビキタス学習指向観光システム計画していた。

彦根の観光スタイルを物見志向から学習指向と変えようとしていた。

びわこ大学のサーバーですべて管理し、厳重に管理してもらった。

そして、びわこ大学の英知でそれらをあらゆる方向から解析し、

彦根の経営者たちに携帯電話という誰でも持っている端末に送信した。

携帯電話により彦根で商売をする果物屋、八百屋の店が、

ひとつに繋がり、情報を共有化でき、お客さんの動画、声を携帯電話

で聞き。拾い上げ、動画、音声入力により瞬時に電子化し、

お客様によりよいサービスを提供できるようになった。」

これにより、大吉も従来より安く商品を手に入れることができ、

売れ筋が把握できるようになり、

売れ残って腐らせることが極端に少なくなった。

廃棄も大幅に減った。環境にもやさしくなったと

こころから喜んだ。

携帯電話で繋がれた大吉の店はコンビニのPOSシステムのような

受注発注システムが可能となり、死に筋、売れ筋、商品の把握も

自前の携帯電話で瞬時に把握できるようになった。

「受注発注も店頭での店主の携帯電話からの動画、音声入力により自動化ができ、

ムダ、ムリ、ムラが省け、能率が飛躍的にあがり、

店をしながら私はITコーディネータの仕事も兼任できるようになった。

これにより一流企業との価格競争に巻き込まれずに、日々の利益率を

考えながら利益率の高い、滋賀県のおいしいメロンをインターネットで

世界中に売ることができるようになった。」

「以前と比べて利益は倍になった。

もちろん、小さな子供から高齢者の好きなバナナもパセリも

何百年も変わらぬ味で、

店の店頭に目だま商品として山盛りに並べられている。

利益はもちろん度外視している。

経営の最適値も大切だと気づいたから・・・・・

老舗の伝統を守りながら、ジリ貧の売上から

市場、地元の商店、大学を巻き込み、

情報技術を駆使し、

経営と地域社会の最適値を目指した近江商人ITコーディネータとして。」

大吉の初めての人生を掛けた

チャレンジであった。

考えぶかけに振り返っていた。

百合枝が我に返る。

「あ・・・・・・9時」

と百合枝が声を放つ。

大吉のやさしく、熱く語る言葉に

教室の受講生は陶酔していた。

時間の経つのを忘れていた。

百合枝の声で催眠術が解けたかのように

教室に風景が変わる。

教室の窓から見える

彦根城のかかる満月がまぶしい。

大吉の亡くなったお父ちゃん、お母ちゃんが自分の息子の

成長を誇らしく満面の笑みで見ているようだった。

加古伊優作は、泣きつかれ

うなだれながら大吉の言葉をかみ締めながら

聞き入っていた。

そして、加古伊優作は、初めて人の痛みが分かり。

利益を出すことがすべてでなく。

自社の利益より大切なものを自己の体験から気づいた。

サラーリマンのままでは、気づきにくかったであろう。

仕方がない。

そんな優作を百合枝は心配そうに見つめていた。

そして、百合枝自身も

村木春の

「利益より大切なもの。」

はなんですかいう質問を思い返していた。

静まり返った教室で

百合枝が拍手すると、

全員で拍手をして、大吉と優作にエールを送っていた。

村木春と勝は、そんな百合枝の心の動きを見ていた。

そして、村木春は、教室をでて、

事務所の自分の机の上に置いてある腕白な子供たちの

横でしゃきっと直立不動の

大吉と奥さんの満面の笑顔で

店の奥の二階の階段の横に取り付けられた

大吉ITコーディネータ事務所の看板が輝いていた。

額に入った写真を眺めながら

村木春は考え深げに

「能ある鷹は爪隠す。」

と思わずつぶやいた。